広州で中国を再び考える

2010/12/12
香港の雑踏を抜け出して、広州に来た。僕の本「素材と身体性」の出版の機会に広州外語外貿大学での講義に招かれたのである。相手はデザインナーでも建築家でもない。日本語を学ぶ学生たちと先生たち。彼らに日本の美意識を講義するためである。だから通訳なしで日本語のレクチャーだった。

いい連中ばかりだった。特に院生たちは・・・。
先生の一部は、中国の今を象徴するように、こころが荒んでいた。これが中国なんだろうな・・・。

僕の大好きな筈の中国は結局、一部の人たちを除いて「経済成長する文化発展途上国」だった。

_90分の講演を頼んでおきながら、当日になって40分に短縮されていた。
_僕の講演の通訳のためにお願いした張少俊さんには約束に反して飛行機のチケット代さえ支払っていない。人のいい張さんは「お金はいらないよ」今朝、早く上海に帰って行った。
_街が汚い。経済発展なんて嘘みたいにがたがた道だ。アジア大会があった直後なのに・・・。
_予約したホテルは僕が外人と知って「政府の命令で泊められません」と・・・、4つ星は泊められないらしい。5つ星に移る。
_その5つ星のホテルでは7時から朝食だというのに僕独りだからとつくろうとしない。
_隣の部屋では工事中で昼間は部屋にいられない。インターネットはもう担当が帰ってしまったから設定が出来ない・・・とロビーだけしか繋がらない。
_電車の中では大声で喋る。大声で電話する。睨んでも「なぜ?」と睨まれたb意味が分からない。悪い事している気はないんだ。
_知的な人さえ「くちゃくちゃ」と音をたてて食べる。
_電車のトイレは信じられない程、汚い。
_改札口に先を争って殺到する人々。でも香港ではちゃんと列をつくっている。


中国の三番目の巨大都市、広州は2000年の歴史を持つ都市である。そこへ70年代、急激に集中した地方からの人々で広州の文化はその特徴をなくしてしまったと言う。爆発する中国の代表的姿なのだろう。

それでも僕は中国の人たちが好きだ。東京のようにソフィスティケイティッドされていないのだが,それ故に純粋な感覚と心情をもっている。
若者たち,学生たちは特にそうだ。

褒めればきりがない程の厚い文化の集積をもつ中国。その中国は今、「優れた歴史背景をもつ文化的には発展途上国の中国だが、今、眠っていた膨大な人々が眠りから覚めようとしている。この大衆化現象はかってヨーロッパが味わった近代の爆発的発展であり、その爆発的近代化に、今、中国は直面している」のだといえよう。

問題はこの時代に先進国である日本が指導的役割を果たす事が出来るか・・・ということである。

(ここまでは中国で書く)
日本に帰ってきた。帰ってくると「上海の学生たちの知的レベルが高い」というニュース。新しい中国が育っていると歓迎しよう。

まだまだ、愛し続けないといけないんだな・・・中国は。
(2010、12、12)

写真は香港のdetourの刑務所跡の会場とシャングリラホテルからの朝日