情報のこと

2010/10/10
泉 耕二さんという人の講演を聴いた。物学研究会での講演だった。この歳までこんなにたくさんの情報を矢継ぎ早に提供いただいたことはないという程に濃縮して驚天動地の情報の暴風雨だった。
まんじりともせず、充実して感動できる様々な情報が映像や表やキーワードで僕を襲ってくる。こんな話の出来る人は恐らく日本で泉さんだけだろう。

写真は西陣織の下絵
物学研究会の主宰者として、家に帰ってからお礼を書いた。通り一遍の礼状はかけない僕だから、一言こんなことを書き加えた。これは正直いって感動と共に泉さんが心配だったからである。

外からの情報を集めてこうして「大切なこと」を発見したり「時代の行く先」を予言したりするのは素晴らしいことだけど、ちょっと気を緩めると時代はどんどん先に行っていて古びて来ちゃったりしないのですか?止まれない・・・そんな辛いことないですか・・・そんな意味のことを書いた。

僕は情報は自分の中からの情報を第一に考える。物事の本質を探すことの方を大切にする。人間とは、社会とは、自然とは・・・とその本質をしれば時代の予言だってできるし、常に深い思索・・は必要だけど常に変化する外界に気を遣う必要がない。

大変丁寧なお返事を頂いた。実はクリックして送信してから「あらら、又失礼なこと言っちゃったかな・・・」と気になったのだが、泉さんはさすがに大物。外界情報と内の世界と称して、外界からの情報は無限、咀嚼することこそ大切・・とメールを頂いた。

確かに、泉さんのレクチャーは見事にそれらの無限の情報から選択し、咀嚼し、編集してしゃべっている。自分の興味の引いた情報だけを絞り出し、客観的な外的情報に見えてしっかりと個性的な泉流の情報が独自な価値のもとに編集されている。

結局、同じことなのかも知れない・・・と思えてきた。僕は先ず直観的に・・それは自己の内部に人間の本質を見ようとする。外に情報を求めても多様なものを瞬間的に抽象化してそれが一体何を意味しているか言語化してしまう。
泉さんは、出来事を一旦羅列して、ずっと、外からじわじわと内側に追い込んでいき、まるで獲物を捕らえるように、その囲いを縮めて本質を捉えようとする。僕のようにはいきなり中心に切り込んだりはしないのである。

人間の頭を解剖して見たいな・・と思う。泉さんの頭はどうなっているのだろう。僕の頭は・・・。

いい刺激を受けました。泉さん、有り難う。
(2010,10,10)

西陣織切れ端

西陣織の裏側。この裏側がまた美しい。