プロダクトとして建築を設計しよう

2010/07/18
僕が北京の音楽別荘の設計依頼を受けたとき、「プロダクトとして設計しよう」と心に決めた。
僕のように「皿も建築、都市も建築」と主張し、「建築は皿、建築は都市」と主張してきた僕には或る意味では当然ではある。
しかし、そう決めたことには1つの自己への決意と外への宣言があるように思っていた。

建築はどうしても建つ敷地がある。どうしても敷地が自分の建築の構想を誘導してしまう。隣の建物やその街並との調和を考えてしまう。これを排除しようという決意がこの「プロダクトとしての建築」に込められていた。
プロダクトデザインの宿命は「隣に何が来るか分からない」という宿命であり、「それを誰が使うかも分からない」という宿命でもある。
僕の早稲田大学での恩師だった今井兼次先生は僕が始めて住宅の設計を頼まれたと知ってこう僕に教えてくれた。「黒川君、ちゃんと施主の家族を深く理解するのだよ。ちゃんと敷地を先に見てから構想するんだよ」と教えてくれたのである。
それを僕は無視しようというのだ。
隣の街並や接近した風景とのコンテクスト(文脈)を断ち切りたい。そこに突然、宇宙から降り立ったように描きたい・・・こんな思いも「プロダクト」の中に含まれていた。「誰が住むかを具体的に考えることをやめよう」とも思ったのだろう。
おおよそのアイディアが敷地を訪問する前に出来上がっていた。そのアイディアを持って敷地を訪れた。
僕がここでしようとしたことは近い風景やそこに住む具体的な人物からの発想を避けて、中国という大きな敷地を考えようとしたからだった。今の中国人のためではなく、壮大な中国の歴史を作ってきた中国の人たちのためにつくりたいと思ったからだった。別に今の中国人だって大好きである。この敷地だって美しいのだが、僕が受け止めたかったのは「中国の歴史であり、思想であり、その土地の風土」でありたいからだった。
誰が住むかを、どこに建つかを大きなスケールで考えたかったからだった。
建築は風景にとけ込む必要はないと思っている。毅然と立ちはだかるべきだ。建築はその土地の風景に媚びる必要など無いのである。建築はそこに棲む人々の大きな血や文化に深く関わることは大切なのだが、その具体的な人に媚びる必要はない。
プロダクトデザインの置かれた宿命は「具体的な使用者」が見えないことであり、「具体的な使用の風景」が分からないことである。この宿命は逆転させることで重要な問題を提起する。今井兼次先生は「住む人と建つ場所」を捉まえてから設計をしろといったのだが、決して彼の建物は隣の建築に媚びることのない毅然とした自己の内面を映した建築だった。彼は人や場所に媚びよとはいっていないのである。
この僕の北京に建つ建築がその住む人が理解しにくいということと遠いから敷地が簡単に見られないということと僕の中に強いものをつくりたいと願うことから「プロダクトとして建築を設計する」と呟いたのだが、実は重大な問題を孕んでいたのである。
2010、7、17
写真は夏の敷地風景