Yasuko's Room
元アクシス編集長関康子のデザイン寄稿

2004上海双年(ヴィエンナーレ)展を訪ねて 関康子

2004/12/06

1) 切り紙作品。中国人アーティストが仕掛け、
中国中の人々が思い思いの切り紙を制作したもの。
11月最後の週末を利用して上海蟹を食べに上海に行ったところ、2004上海双年展(ヴィエンナーレ)の最終日に間に合った。開催場所は市内中心の人民公園内にある上海美術館。近くには中国5000年の文物を集めた上海博物館があり、こちらは超モダンな建築物であるのに対して、美術館の方は地上4階建て1930年代の英国風歴史建築物を改装して使っている。バンド地区やフランス租界など、1920年代、30年代のヨーロッパ風の町並みを多く残す上海市の美術館に相応しい風格あるたたずまいだ。

2) イスラエル人アーティストの作品


3) ヴィエンナーレの会場正面



4) 撮影しまくる人・ひと・ヒト。
本年度のテーマは中国語で「映像生存」、英語で「Techniques of the Visible」。世界の作家が集結して、先端の映像技術を駆使した作品から中国古来の伝統的な切り紙まで、多種多様な作品が展示されており、まさに百花繚乱。個人的に一番印象に残ったのは、イスラエルのアーティストによる石版に古代ユダヤ文字を映像で投影するというもの。文字自体が遺伝子の染色体のようにも見えるし、文字が投影されてちょこちょこ動くところから抽象化された人間の影が石の上で踊っているように見えなくもない。
この作品が印象に残ったのには理由がある。5年ほど前、イスラエルが一時平和だったころに10日余り旅行したことがある。そのときにエルサレム郊外のメモリアルパークを訪れた。そこには、第二次世界大戦時に虐殺されたユダヤ人の名前を刻む高さ4,5メートルはありそうな巨大な石板が、数え切れないほど多く迷路のように配置されていた。その石板に刻まれたユダヤ文字の一つ一つは、理不尽に生命を切断されてしまった人たちの生の証明を表しているわけだが、その一部分が何千キロも飛んできてヴィエンナーレの展示場に忽然と現れたように感じたのだった。

さて、展覧会場は最終日、しかも土曜日ということもあって、上海の若者や家族連れでにぎわっていた。会場のだれもがアートに触れながら平和な休日の一時を過ごしている。けれども、ちょっと待て! 何かが少しだけ違っている。それは何だろう? 答えは会場にいる誰もが、写真やビデオを撮りまくっていることだ! 通常、美術館や博物館での撮影は厳禁。カメラを構えようものなら、どこからともなく係員がやってきて「ダメ、ダメ」サインを出してくる。それなのにここでは、我先にとフラッシュをバンバンたきながらほとんど全員が撮影をしている。一応、入り口には撮影禁止の告知も出ているし、係員もあちこちに立っている。・・・という私も思わず写真を撮ってしまったが、心は小さい罪悪感でうずいていたのでした。

それから印象的だったのは、作品紹介のクレジットに作家の出身国ではなく活動都市が記されていたこと。先ほどのイスラエル人アーティストのクレジットは「テルアビブ」と都市名で紹介されていた。現在、アートやデザインの世界では、国という単位よりも都市の方が重要だ。生まれてくる国は選べないけれど、どの都市で生活し、活動するかはその人の意志で選ぶことができる。それにロンドン、パリ、ベルリン、東京、NYとった世界中のメトロポリスは、国という概念を越えて「都市」という単位で競争をしているのだから・・・。この辺に中国文化の中心でありたいという上海市の意気込みが感じ取られ、その気概がなんとも頼もしく感じられたのでした。