「デザインは恋愛と同じだよ」

2009/12/04
深圳の税関まで深夜、迎えてくれた学生がいる。彼女が深圳滞在中ずっと面倒を見てくれた。英語と中国語の通訳をしてくれえてもいるのだが、親父を気遣うようにバスを降りる時にも手を差し伸べ、腕を組んで歩いてくれる。
そのハートの可愛い彼女は5人兄弟だという。そんな筈はないと問うと実はそんなケースはいっぱいあるのだそうである。一人っ子政策もいろいろな抜け道があって・・・と彼女。
深圳の税関まで深夜、迎えてくれた学生がいる。彼女が深圳滞在中ずっと面倒を見てくれた。英語と中国語の通訳をしてくれえてもいるのだが、親父を気遣うようにバスを降りる時にも手を差し伸べ、腕を組んで歩いてくれる。
そのハートの可愛い彼女は5人兄弟だという。そんな筈はないと問うと実はそんなケースはいっぱいあるのだそうである。一人っ子政策もいろいろな抜け道があって・・・と彼女。
彼女は次女なのだが初めの子供が女だった両親は二人目にこっそり挑戦する。それでも再び女だった彼女はずっと戸籍がなかったらしい。隠されていた・・というのだからそういうことなのだろう。両親は再挑戦して男の子が生まれる。めでたしめでたしで終了しないでその後二人の男の子を設けている。5人もいるのだ。どうなっているのだろう・・・・。父との関係を自分は親しくできないというので問いを重ねて分かったことなのだがお父さんは軍の関係だそうだ。高い地位の軍人だったのだろう。いつも厳しい雰囲気で親しめないままだったのだそうだ。ようするに軍関係の特別なケースかもしれない。彼女はお金持ちと貧乏な人が子供を沢山作っているという。お金持ちはお金を払ってつくるらしい。貧乏人は地方で勝手につくっているということなのだ。それにどうやら、権力者もその力がある。
僕の深圳の友人夫妻で、僕のことを日本のお父さんと言っている若者の夫妻がいる。僕にとって可愛い娘夫妻ということになる。確かに可愛い子だ。可愛いだけではなく、彼女はファッションデザイナー。旦那はそのファッション会社の社長である。明日、一緒に過ごすのだが、美術館を工事中といい、僕の作品の部屋もつくってくれると言っているから大変な息子と娘だ。
彼女にも二人目の子供ができたらしい。3ヶ月だという。そんな・・・どうして?という質問にもう1人の共通の友達はこういう。お金を払うのだそうだよ。お金持ちだと沢山払わないと許可が出ない・・・そう言っている。貧乏人には安い・・これは合理的だ。これも中国人の「規制と融通」の例である。この辺りが絶妙な感覚を持っているのが中国人だ。
だから中国の人口は13万人ではなく、14万人とも15万人とも言われることになる。中国人のインテリが言うのだから間違いないだろう。
中国人の若者達は本当に可愛い。日本でもK塾で知っている若者達がいるけれど・・・あ、彼等は学生じゃないから違うかな?・・・中国の若者達に、僕のスピーチが終わってから・・・或いはセミナーの席で取り囲まれた。全部、僕と写真を撮りたい連中である。ヨーロッパのゲストにはだれも申し込まない。日本人の僕だけである。サインをねだる奴もいる。一緒に撮る時には全員、肩を組んだり腰に手を回してくる。実に可愛い連中である。どうも中国では相当僕の名前が通じているらしい。的を射た質問をする奴もいる。ちゃんとインターネットで調べてくる。雑誌で僕のインタビューを読んだという連中もいる。後で開かれたセミナーで司会者が「黒川さんはあるインタビューで仕事と恋愛は同じだと仰っているがどういう意味ですか?」と問われた。
「デザインは美を表現することでもあるけれど、その前に、デザインは美を探す行為なんだ。人生自体、発見した価値や美を表現することであるより、価値や美を探すことだから・・・。だから恋愛だって美を探すことになるよ」と答えてやった。それまで「どうすれば人の役に立つデザインができるか・・・、どうすればエコロジーをデザインで実現できるか・・・、深圳の都市を美しくし、活性化する方法は・・・、というセミナーの流れが中断されてしまった。
実は僕はその前の僕のスピーチで「デザインと身体」という話しをしている。都市に触れなさい。都市を身体で感じなさい。都市とは空からは見えないのだよ。都市は地上で、身体で、見るものなのだよ・・・という話しをしている。「素材」、「群体」、「破綻」、「気配」、「偶然」、「沈黙」、「曖昧」、「原型」という8つの概念を示して、形に走りすぎている現代の世界のデザイン状況を批判している。「物に触れること、見るのではなく全身で感じること・・・」と主張していることと繋がるのだが、この「デザインと恋愛の等価性」はうけているらしい。
このデザインフォーラムにはオランダ、スペイン、イギリス、オーストラリヤ、アメリカから、そして、僕も入れて数名が招かれていて、中国のデザイン関係者(教育者や研究社が中国からは多く出席していた)と合計12名のスピーチがあった。殆どのゲスト達の話の内容が都市づくり、環境づくりを巨視的視線で語っていた。だから僕のレクチャーの時、最初に言ったのは「皆さんの前にあるデスクや、水のボトルやマイク、そしてこの部屋が深圳という都市です」、「空からでは深圳は見えたように思えるだけで見えない。深圳はこの地上で、身体で感じる、身体で見るものです。」ということだった。そして、「自分がここで話す内容は<心の中の都市>についてです」と始めた。
この僕のレクチャーは衝撃的だったらしい。他のレクチャラーへの反応と相当に違っていた。終わってから、ゲスト達はいちいち僕に近づいて「あなたは正真正銘のマスターだ」と絶賛してくれるゲスト達ばかりだった。嬉しかったな。
このフォーラムは中国政府と深圳大学の共催なのだが殆どのお金は政府から出ている。だから初めの予定を半日ずらした僕のチケットは再発行して貰えなかった。便を変更することのできないチケットだったのと僕の予定変更は官僚主義の仕組みでは対応が難しかったからだろう。結局、僕は自腹でここへ来ている。
最近、金沢市がユネスコの「工芸都市」の指定を受けたのだが、深圳はその「デザイン都市」の指定を受けたのである。以前、名古屋市もその指定を受けている。
そんなことからここへ来たのだが僕は「なんでも内側から観る」ことを主張しているから前述の「触れる都市の話」になる。僕は建築についても同じ考えを持っている。都市と同様に、建築も内から観ている。インテリアが建築のすべてだ・・・と思っているとも言えるし、建築を内的風景として観ようとしている。この辺りがヨーロッパの連中に衝撃を与えたのらしいし、中国の若者達のファンを増やしたのだろう。作品の一つ一つも彼等の感動の的だった。
最後の会食に、そのせいかどうか・・・分からないのだが、学長の紹介で田舎っぽいおじさんが現れて万里の長城に近いエリアに家の設計をしてくれという。敷地までの招待状もついている。音楽関係の人たちのための村をつくりたいらしい。ディベロッパーのおやじさんだった。どうしようかな・・・?
中国では文化活動だけにする・・と言っていたのに、このところいろいろな依頼がある。やってみるかな・・・。
(2009,12,4)
写真はスピーチ後のセミナー会場。もう一つは駆けつけてくれた友人で、通訳をしてくれた張さんを取り囲んで質問する「英語のできない学生たち」。そして、会食するロイヤルアカデミーオブアーツ教授とバルセロナからの教授。