二人の天才デザイナ-、石岡瑛子と松永真

2007/05/27
40年前の僕のオフィスのロゴマークは石岡さんだったのだが今は株式会社のKのロゴマークとして再生している。そうなったのは松永真さんのせいである。真さんは僕のオフィスのステーショナリーの作り替えをお願いした時にロゴマークも変えてしまったのである。グラフィックデザイナーが異なるデザイナーのつくったロゴマークを使うのに抵抗があったのであろう。
松永真さんの新しいロゴマークは明らかに石岡さんへの反抗の匂いを持っている。石岡さんが面的なデザインであるに対して彼は線での構成にして来た。
石岡さんのはまるで男の仕事にようにチャコールグレーの三角形が3つでKの字をつくっていてその姿はまるで矢印のように見えるのだが、それに反して松永さんのロゴマークはまるで女の仕事のように線による、華奢で繊細なデザインである。MとKを線で表してそれを重ねて一つのロゴマークに表現している。まるで一本足りないかのようなアンバランスなところが好きである。
こうして二つの僕のオフィスのロゴマークが生まれたのである。そして、先に述べたようにいったん捨てられた石岡瑛子さんのロゴマークは僕のデザイン人生の総集編である株式会社Kのロゴマークとして再生したのである。

実はもう一つ石岡さんと松永さんのパッケージとロゴマークの絡み事件がある。もう34年前のことだが、僕は自分のデザインしたGOMという「ゴムとステンレスによるインテリア小物」のポスターやカタログやロゴマークやパッケージのデザインを石岡瑛子さんにお願いした。この頃は石岡さんも資生堂デザイン部から独立して間もなくで、僕にとっても事務所を開設して間もなくだったし、このGOMというシリーズのグラフィックワークのすべてを石岡さんにお願いしたのは今から思っても感動的な出来事だった。石岡さんらしい心のこもった精緻な仕事が完成して、それから何年かして石岡瑛子さんはアメリカに渡ってしまう。そして、彼女はグラフィックデザイナーから脚を洗ってもう少し拡大したヴィジュルアートに移行する。コマーシャルフルムなどで活躍し、フランシス・コッポラの「ドラキュラ」という映画の衣装デザインではアカデミー賞を得てしまう。こうなってくるとこれまでのようにロゴマークだのポスターなどの仕事からは興味が去ってしまう。

僕がGOMの新しい展開を目指した時には石岡さんは「もう,グラフィックデザインはしない」と言い出していた。
その時の僕の状況はGOMをもう一度、新しい領域に再生させようと思い始めた時である。この時までの初期のGOMはマットなゴムを幾何学的な形状にしてそこにステンレスを組み合わせたデザインであった。そのために多くの人は「ゴムとステンレスの対比的調和」という評価をしていたが、僕はそれが気に入らなかったのである。僕のGOMのデザイン意図はそんな単純な調和ではなく、「ゴムのソフトな素材感と幾何学的でハードな形態という異なる二つの意味の衝突が生み出す美しさ」をつくり出したつもりでいた。それがステンレスを用いたばかりに間違って理解されていると考えたのである。
僕の試みたGOMの再生作業はステンレスを拒絶してソフトなゴムの形態と素材感の衝突が生み出す両性具有的な美を純粋に表現しようとしたのである。
これがGOMの新しい展開であり、NEW GOMと称して新たなロゴマークとパッケージが必要になった。そして、松永真にそのパッケージを依頼したのである。この時ももちろん石岡さんに問い合わせての後に、松永さんに依頼したのだが、ここでも松永真はおそらく相当苦しんだに違いない。パッケージは初めの石岡さんのパッケージが白地に殆ど黒のグレーによるロゴマークだったのだが、松永真さんはダークグレーの地に黒いロゴマークを載せている。ロゴタイプは石岡さんのGOMをそのままに柔らかい水たまりのような面を設けてそこに配置している。

石岡瑛子さんと松永真さんはGOMでもこうして会話を交わしていたのである。当代きっての天才的デザイナーが二人、こうして会社のロゴマークにもGOMシリーズのロゴマークでもぶつかり合いをしたのである。

【石岡瑛子さん(左)と松永真さん(右)がデザインしたGOMのロゴタイプ】