僕の出来ることから始める

2007/05/21
デザイナーが自分の構想をそのまま実現できるということは実に嬉しいことである。日頃は紙の上に構想するのだが,密度の高い構想でも理解者がいないと実現しない。
当然のことだけれど商品化しようという決断をしてくれた企業だってその企業の力の範囲でマーケットを考え、販売先を考え、投資額を考えながら製品化の計画を立てる。当然、リスクは大きいし、僕がどんなに自信があっても相手企業次第で実現はしない。
一番いいことは自分でつくることなのだがそれを出来るのは職人だけである。職人とは<デザインしながらつくる人>であり、それだけに漆の職人とか木工の職人とは決まった自分の素材とその技術を持っている。素材と技術の範囲を限定することで職人が成立するのである。でも、現代のデザイナーは一寸違う立場にある。素材や技術との距離は離れているけれど、使う側の生活者の意識を知っていて、その上現代の製造のためのいろいろな素材とその技術や流通の仕組等、深くはないが概要を知っている。
だから職人という<デザインしながらつくる人>になるためには一人では不可能になる。それでも<デザインしながらつくる人>でないと本当のものづくりは出来ないとなると,<組織としての職人のようなもの>をつくりあげるしかない。
今度つくった株式会社K(以後、Kという)とはそのような組織である。目的はデザイナーがものづくりもすることである。
そこからKはものづくりの専門企業である,いわゆる<メーカーとの関係>を大切にすることになる。いわばKにとってメーカーは身体の一部なのだからである。
Kの組織の基本は<Kとメーカーはアライアンス関係にある>ことである。アライアンス関係とはKとメーカーが双子のようになることでいわゆるOEMとは異なっている。OEMでは技術力がありコストが安ければどことでもOEM関係を結ぶ。そのためによりコストの安いメーカーを探して関係を結んでいく。これはその都度協同関係にはなるけれどここでいうアライアンスではない。
アライアンス・メーカーとはKはほとんど永久的な関係を結ぶ。コストを理由に関係を解消したり、よりやすいメーカーに依頼を切り替えることはしない。そして、具体的にはKはアライアンス・メーカーに出資を許したり、役員をだしてもらったりする。これでは全くの共同体である。
もしも、よりコストを下げなくてはならない時はそのアライアンス・メーカーがコストの安いメーカーにOEMで依頼すればいい。
こうして生まれた関係ではKは安いコストで製品を準備することが出来ないことになる。競争の原理が働かないからである。その意味では<価格競争で生きる業界>では生きていけない。生きるエリアは<質を争う市場>になる。コストダウンを目指すよりもそのエネルギーを質の向上に当てたいと考えている。
こうなると<高価格の商品>となるから、勢い<高くても売れる商品>をつくることになる。高くても売れるだけの<究極の逸品>だけを製造することになる。
そのためには<広報力=物語性>をもつ商品でなくてはならないし、ブランド化させなくてはならない。ブランドとはメーカーの側の問題ではなく世論の問題であるからブランド化するといっても簡単なことではない。

Kとアライアンス・メーカーとは根底に信頼関係がなくてはならない。もちろんKは複数のアライアンス・メーカーを持っているし、アライアンス企業だって他の企業との関係をもっている。大切なのは<Kがメーカーとアライアンス関係にある>ということである。
この二つのアライアンス関係にある企業はそれぞれ役割を持っている。Kはソフトウェアーを担当し、アライアンス・メーカーはハードウェアーを担当するということである。ものづくりのフロー、<マーケティング→企画→デザイン→設計→試作→製造→在庫→広報→販売→メンテナンス>の内、川上である、<マーケティング→企画→デザイン>と川下である<広報→販売→メンテナンス>をKが担当し、中流の<設計→試作→製造→在庫>とこのフローには現われていない<配送>を加えてアライアンス・メーカーが担当するのである。
言うならばKは情報だけを扱い、アライアンス・メーカーは商品だけを扱うのである。ここで情報とは商品の情報(広報)や顧客の情報(志向性など)や技術情報や思想や受注や発注をすべて含んでおり、ここでいう商品とは商品の中に集約された思想や技術等をすべて含むこの商品という物を言っている。言い方を変えれば<商品のソフトな面>をKが担当し、<商品のハードな面>をアライアンス・メーカーが担当するのである。

こういうアライアンス関係が結べるのは僕への深い信頼があってのことである。それだけに失敗できない。担当してくれたそれぞれのアライアンス・メーカーとの商品は必ず市場に迎えられるものにしなくてはならない。
そして、この関係の成立の背後には僕の職人への憧れ、尊敬がある。