物を撮る

2006/12/10
最近、写真を真剣にやってみようと思っているのだが、できた写真を見ていると僕の写真は物をとっていない.必ず空間をとろうとしている。空間は物と物の間に出来る「間」だから空間をとることで物も撮っているのだと言えないことはないのだが、僕の写真には物の霊魂までは写っていない。
建築家だから当然なのだろうけれど「間」を撮る前に物が発する気配を撮りたいと思う。気といってもいい。
「間」とは二つ以上の物が発する「気」の相乗効果なのだとおもっているのだが、それにしてもたった一つの物や人が出す気迫や色気のように強く迫ってくる物の力を映すことは至難の業に思える。間は光や影で何となく捉まえることが出来るのだが、間のようにはなかなかいかない。
木喰五行という江戸後期の僧は多くの木彫を残していてそれについて柳宗悦は多くを書いている。木彫だから物ではないのだが一つの木彫が発する気の凄さから簡単にシャッターを押しても物の霊魂まで写ってしまうのだろう。
僕の写真の腕の問題なのか、或はそれほどに凄い物が存在しないからなのか、ひょっとすると後者なのかも知れない。
腕が駄目ならまだ努力すればいいのだが凄い物が存在しないのだとしたらこれは悲劇である。
写真はきっと先ず被写体の発見が鍵なのかも知れない。映す腕ではなくて見つける腕なのかも知れない。そう考えると写真も奥が深い。