器に思う
その三「景徳鎮プロジェクト」

2006/10/26
景徳鎮で皿をつくろうと思い立った。訪ねて景徳鎮の国営企業と作業に入った。その街のイメージを探す、多くの人々に会う、景徳鎮陶磁器大学を訪ね、教授と会い、そして、歴史を調べる。

小学生の時代に知ったあの中国の景徳鎮の知識とも、二十数年前に訪ねた煙突のいっぱいあった景徳鎮とも今は恐ろしく異なっている。1000年の歴史はどこへ行ったのかと思うほどに簡単には見つからない。深く知るに従って景徳鎮の神髄のようなものが少しずつ見えてくる。
1000年の歴史の誇りがある。歴史的名品を再現し、復刻する技術が温存されている。なんと言っても明や清の時代の優れた作品が数多く残っている。これらは景徳鎮の歴史でありDNAである。


あの輝かしい景徳鎮の歴史をもう一度再興したい、そんな思いがこみ上げてくる。僕にとっての小学生の時代の夢の景徳鎮を取り戻したいのだ。

景徳鎮での滞在の間から、上海に戻って上海の友人たちとの語らいを経て、帰ってきてからいろいろ考える。何を継承して何をどう再興させるのかを考える。
これはもはや僕だけの問題ではなく景徳鎮の問題であり中国の問題である。僕だけでも出来ないし、かといって多くの中国の有識者に声をかければいいものでもない。
結論から言えば、とにかく「国際商品としての景徳鎮の磁器」をつくることだと決める。僕はこれまで「中国ではビジネスはしない、文化活動だけにする」と決めてきたしインタビューを受けるたびに中国の雑誌や新聞にそう言ってきた。だけれど今度のこのテーマは単なる文化活動では継続性が難しい。そこで「国際ブランドとしての景徳鎮」を製品として開発して事業化し、それを力にここで発見した様々な問題に解決の方向を見いだしていこうと思ったのである。

問題の一つは「自信の喪失」であり、これは心の深部の未だにしっかり根付いている「誇り」を揺り起こせばいい。もう一つは技術の退化、或は近代以後の未成長である。安物の生産販売にきゅうきゅうとしているうちに技術を磨くことから遠のきすぎている。しかし、これも過去の名品を復刻する技術として産業の主流ではないがしっかりと残っている。これを育成すればいい。
もう一つの問題は、景徳鎮だけでない、陶磁器の世界だけではないのだが職人文化と紋様文化の衰退である。紋様は決して絵画ではない。近代になって職人は重んじられることがなく経済的にも恵まれないようになった。新しい磁器の絵付けは職人の描いた紋様を捨てて、芸術家がそれに変わるようになった。芸術家は磁器を単なるキャンバスとしか思っていない。生まれるのは絵皿であって皿ではない。この問題は実は根が深い。二十数年前に中国を訪れた時には大学で教育している「デザイン」とはこの「絵付けの紋様を描くこと」だったのだがそれがすっかりなくなって芸術家が権力を振るっている。中国の1960年代、70年代はほとんど内乱の時代である。多くの文化的遺跡や名品が破壊されただけではなく、近代の洗礼を受けることのないままに今日に至っている。近代化の時代を失った中国ではデザインの思想が育っていない。
そこに文化の復興を願う人たちは勢い芸術に向かってしまう。

芸術は社会的に認められているのだが職人の社会的地位は低いままだから勢い職人はいなくなる。こうして景徳鎮の磁器は芸術家の活躍の場所になり、紋様とその職人を失っていったのである。

景徳鎮の紋様は景徳鎮の磁器の特徴の一つなのだが紋様の文化がない。これがこの景徳鎮再興の一番の問題点である。

国際ブランドとしての景徳鎮プロジェクトはこうして一つは「職人の復活」、もう一つは「紋様の再発見と再構築」が主要なテーマとなった。
このプロジェクトは2007年の春には一つの結果を発表できるようになるであろう。永い道のりの最初の一歩なのだが・・・。