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【愛はふくよかに】粟辻早重氏著書「ふくよかさんがゆく。」を手にとって
ミウラアヤ

2006/12/11
2006年10月西麻布にて、人形作家である粟辻早重さんの著書「ふくよかさんがゆく。」の出版記念をかねた展覧会が開催された。来場者をおしわける私の目に飛び込んできたその「ふくよかさん」たちの、愛おしささえ覚えるそのポップで躍動感のあるヴィジュアルに、なぜか私は母を想った。体型が似ているのでもないのに。

「ふくよかさんがゆく。」著書の表紙
「chorus」
「swimming」
「nude」
「tango」

▼写真:大木大輔/Daisuke Oki
本著「ふくよかさんがゆく。」の帯には、「【ふくよか】柔らかで、豊かなさま」と書かれてある。解題のなかで小池一子さんが書いていらっしゃるのだが、粟辻さんの作品には綿がしっかりつまっていて“かたい”ので、けっして触感が“柔らかい”わけではない。でもやっぱり柔らかいように想う。柔らかさがぎっしり詰まって、豊かである状態が「ふくよかさん」のように私は感じられるのだ。そこには豪快で明るくて、エネルギッシュな女性たちがいて、鮮やかな色彩をまといながら、悲しみも抱きしめている。ただ、その悲しみをも内包するほどの柔らかさがある。愛おしさでいっぱいになり、母を想った理由はきっとそれだ。

こんなことを書くと母から苦情が来そうなのだが、私の母は強くて弱くてミーハーで寂しがり屋で、自分自身の家族を、父や弟や私たち家族が時にひいてしまうほどに愛している。愛しているのと同時に、この家族が彼女の人生そのものである。私と、二歳年下の弟が産まれてからも、しばらくは家で仕事を続けていた母は、育児と家庭に専念することを決めて生きながらも、抱える喜びや苦しみ、寂しさそして嬉しさなどの感情を、どうやって愛情にかえて表現したらいいかと、ずっとひとりで悩み続けていたかもしれない。そういうループのなかでアンテナを必死に張り続けることで家族と社会とつながりながら生きてきて、彼女はひとりの女性として、常に私の先輩として存在するのに違いないのだ。孤独のなかでいろんな問題を抱えてくじけそうになっても、そのたびに私たちのために何度でも立ち上がっていたのだと想う。だから涙よりもずっとずっと、笑顔の記憶のほうが多いのだ。
別々であるはずである母の存在と粟辻さんの人形が、私のなかでくっついていく。実際のところ、母の心情を娘の私は想像するしかないのであるが、なんとなく、「ふくよかさん」たちのなかに母がいるような気がしてしょうがない。しなやかさと喜怒哀楽がぎゅうぎゅうにつまった豊かさが、躍動感のある表情と動きで表現されているこの人形たちのどこかに。

粟辻さんがつくりだす「ふくよかさん」たちは、別に母だけではない、と想う。いろんな想いと女性の数だけいっぱいつまっている「ふくよかさん」。
ちょっと個人的な話になってしまったのだが、この「ふくよかさんがゆく。」の人形たちを通じ、その奥にある、似て異なる様々な想いを、私たちは年齢や時代を越えてつないでいるような気がした。柔らかさがぎっしりつまった人間的にも豊かな「ふくよかさん」に、私もなれるだろうかと、ふと想う。


▼「ふくよかさんがゆく。―粟辻早重ポップドール集―」
著者:粟辻早重
ことば:日暮真三
デザイン:粟辻美早/粟辻麻喜(粟辻デザイン)
発行所:(株)リトルモア
定価:2,600円(税別)