SALONE ARCHIVES in Milan
黒川雅之のサローネ情報

  • 2007/04/23
    もう疲れ果ててしまった。見てないものもいっぱいある。だけれど殺人に等しいこのサローネの現状は日本にいる人たちには伝えにくい。
    サローネも最後の日曜日。会場も街も人でいっぱいである。そこへサッカーゲームが今日はあってinter Milanが優勝したとかで街中が騒いでいる。ドゥオモの広場もそこらの広場も全部イタリア国旗を翻した車や単車がクラクションを鳴らして疾走する。車はなかなか動かない。歩くのも怖い程である。
  • 2007/04/22
    フィエラで大々的に展示していてそちらに主力があるが、ここでは街の中のカッシーナの展示を少ない写真で報告する。
    大御所だからまだまだやる気があるな,とは思うが他の報告に任せたい。
  • 2007/04/22
    この牛は東京の丸の内にも20匹程いたな。どうやらだれかアーティストがスポンサーを捜して全世界でのイベントに実施しているらしい。要するに沢山のアーティストたちに参加させていろいろな牛を街中に展示するのである。サローネの風物詩。
  • 2007/04/22
    すばらしい会場でいつも展示している。これは常設なのかサローネ期間だけの展示なのかは不明である。相変わらず優れた製品群を提供している。僕の昨年提案したタオル掛けはどうやら没になったのか発表されていない。
  • 2007/04/22
    キヤノンの5Dを買って24から105までのズームレンズを手に入れて、持って来ている。撮影が楽しくてしょうがない。重いけれど実にいいカメラとレンズである。もうまったく携帯式の薄くて小さいデジカメを使う気がしない。
  • 2007/04/22
    今年は始めてかも知れないがサローネを意識して,ユーロルーチェを対象に作家に依頼した新作展示をしている。
    天井のうねうねがラブ・グローブ,繊維の丸いぼんぼりが伊東豊雄、小さなLEDのスタンドがバッグのデザインと事業化で有名な蓮池さん、丸い小さな厚手のクリスタルの裏をスモークにしたものが吉岡徳仁、うねうねしたフラワーの作品は名を知らないデザイナー。技術開発は困難だったそうだが、優れている。
  • 2007/04/22
    僕も小椅子の修正をしている。初めの小椅子では二次曲げだった合板の座と背を三次元の曲げに修正している。理由は座り心地の改善が一つなのだが,もう一つ製造上の難しさの回避でもある。90度の曲げだったからその角度に正確に成形が難しい、成型時は良くても時間と共に戻りが生じて角度に変化が生まれてしまうからである。直角のフレームに直角の曲げ合板の背と座の部品が接近しているためにその角度の管理が猛烈に難しい。そこでアームチェアーでやっと試みた三次元の曲げ部品のサイズを修正して小椅子にも取り付けることにしたのである。
  • 2007/04/22
    伸さんがネクストマルニの会場に来てくれた。にこにこ笑いながらだがおしかりを受けた。どうして僕の椅子のことが書いてないの?と。昨年の作品とそう変わらなかったからだよ,と言ったのだが気になったから書くことにする。
  • 2007/04/22
    毎年、楽しみにしているインゴ・マウラーの展示である。多分、彼の作品というより彼の誘導した他者の作品ではないかと思うのだがご存知の方は教えて欲しい。
    内田繁君の光の波の作品もそうだが、光は永久にドラマティックな,人間を感動させる要素である。
  • 2007/04/22
    トリエンナーレの庭に坂茂君の小屋があった。リサイクルできるプラスティックとパルプによる素材をH型やT型に成形して鋼材のように構築した小屋である。部材の一部、水平部位が少し撓んでいたのが気がかりだがリサイクル素材と歌っていた。
  • 2007/04/22
    この写真は「NEW CREATIVE GENERATION / THAT’S DESIGN」という、スーパースタジオで発見した展示スペースの作品群である。ここでの展示は<どんどん,プロフェッショナルになって来たサテリテに対抗して>学生たちに焦点を当てたどこかの企画なのだろうがこういう企画は展示内容にその成果が決定づけられてしまうところが一寸辛い。
  • 2007/04/22
    日本からのデザイナーの個展とグループ展である。
    個展は喜多俊之さん、グループ展は内田繁さんのグループ。内田君のガラスの樹と水の反映がいい。このガラスの樹はチェコでつくったそうである。水は数回の失敗を重ねてやっとここまで来たと言っていた。
  • 2007/04/22
    D&Gのシアターで表現されている作品である。D&Gのオーナーの支持を受けてこの展示が実現したそうである。
    あまっちょろいアート作品か合理的な椅子かコンセプチャルと称した椅子か、椅子を巡っていろいろな作品がサローネには見れるのだが,これほどインパクトのあるものはない。かろうじて椅子だがもはや彫刻と言うべきだろう。
  • 2007/04/22
    メンディーニの楽園とは僕の命名であってこの椅子の名前ではない。メンディーニの活動はポストモダーンの華々しい登場とともに忘れられない記憶なのだが、その活動と世界観が僕には楽園のように思い出される。片隅に,でも堂々とステージに飾られたこの椅子の華麗さは楽園からのメッセージのように見える。
  • 2007/04/22
    これはいつ頃からか、このトリエンナーレの玄関先に置かれている。人が入って遊ぶためなのか,中にスパイラル状の歩廊がある。お口直しの映像。
  • 2007/04/22
    僕は十分にモロゾーという会社の歴史も思想も知らない。それぞれが調べて理解して欲しいのだが、僕の目には実に興味深い企業に見える。別の報告の中で紋様と称して書いた報告はこのモロゾーだった。
    モローゾーと読むのかモロゾーでいいのかも分からないのだが、ある新鮮な境地を垣間見せる。装飾をはぎ取って来た近代デザインがまるでファッション(クスチームデザイン)のように存在感を変えている。
  • 2007/04/22
    トクジンは当然のことながら見せ方がうまい。彼はプロダクトデザイナーというより、ティスプレー・デザイナーなのだがそこからつくる彼の目線は普通のプロダクトデザイナーには発見できない「見え方を超えたデザイン」がある。
  • 2007/04/22
    トリエンナーレはいつも必ず訪れる。いろいろな企画展があっていいものもあればパスしたくなるものもある。
    隈と原研哉の展覧会はどこだったか,日本の不動産会社の展示として開催されているのだがこのトリエンナーレでは写真のように広場でレクチャーがあったり、アンドレア・ブランティのまとめた現代イタリア展があったりする。
  • 2007/04/22
    隈さんはすっかり日本づいている。ちょっと嫌らしい程に日本の美意識を利用している。それもなかなかうまい。自分の中を観察して見つけた現代に通用する美の表現という正当な美意識,そうありたいのだが隈さんのはそのぎりぎりをいっている。もう少しで危ない迎合的な日本趣味になる直前と言うべきだろう。我々にはそう驚くこともない手口である。原研哉のつくばいがいい。つくばいと称しながら決していやらしい日本風ではない。
  • 2007/04/20
    なんだか洗練されて来た分だけ生のデザイナーの主張が見えなくなった。田舎の会社だったTOTOが一生懸命にデザインを追求していたあの時代が懐かしい。一つずつの製品のデザインが先になくてはならない。その一つずつの製品に込められたデザイナーの想いこそ展示したかったなと思う。
    ソフィスティケートされてTOTOの優れたエネルギーが見えなくなった。
    入り口に展示されていた便器がすばらしかった。まだまだすばらしい製品があるのだがと、この投資がもったいないなと思う。
  • 2007/04/20
    まるでかってのヨーロッパを闊歩した団体旅行団のようである。多くのイタリアのデザイナーたちはもっぱら「お酒がおいしいよ」とそのお祭り性を歓迎している。お酒の展示が森ビルの制作した東京の巨大な模型と一緒に会場の目玉になっている。
  • 2007/04/20
    見事な電子楽器のデザインを続けてきたヤマハのデザインチームがやっとサローネにやって来た。かれらが発見した電子楽器の思想と表現はほとんど過去に例を見ない原型的なものだし、この革命的で奇跡的なこの表現の発見はそれぞれの楽器を展示するだけで充分である。
    本当は電子楽器だけの演奏会を開催するのでいいのかも知れないのだがここでは<車の修理スペースであった会場に記号としてタイヤを持ち込んでその他は何もしない>という彼ららしい楚々とした展示である。
  • 2007/04/20
    レクサスを見せる。これが目的のデモンストレーションである。昨年は吉岡徳仁の鮮烈な表現。しかもトヨタ×トクジンという姿勢があるからレクサスとトクジンの椅子が対峙しながらいい効果を上げていたのを思い出す。

    今年はその表現の構想と構造が見えにくい。
    建築家とトヨタの企画グループが一つとなって表現を検討して見せようとしているのだが理屈が空回りしている。
  • 2007/04/20
    サテリテをくまなく歩く。単にこの「サローネ報告」のためだけではなく、7月に開催される銀座松屋のデザインギャラリーでの「デザイナーズ・カタログ」への招待デザイナーを捜すためでもある。これからの若手のデザイナーを発見して背中を押すことを目指したこの展覧会は「未熟だけれど将来性のあるデザイナー」を発見することが最重要だからである。この展覧会で選んだデザイナーたちのほとんどがその後、期待通りに活躍している。
  • 2007/04/20
    今、紋様のことが頭から離れない。そもそも、もう40年前に装飾って何だろう,それを極めないとデザインの本質は見えないかも知れないなと考えていた。最近、景徳鎮で磁器の製作を始めて特徴的な過去の優れた紋様をみつけ感動し、現代の景徳鎮の皿絵のような作品を見て,何かが間違っていると感じ始めた。

  • 2007/04/20
    一枚のシートが折り曲げられてテーブルや椅子になっている。一見段ボール製のように見えるが現物はしっかりとしたすばらしいテクスチャーのプラスティックのシートである。折り曲げ部分の線がミシン穴のようになっていてそこから折り曲げたのだろうと思わせる。
  • 2007/04/20
    イッセイミヤケに「一枚の布」というのがあるがシートからの発想のものをいくつか見る。それは当然なのだが、家具はシートだからだろう。
    家具は座る面が保持されていればいい、それは宙に浮かんでいても尻を支えてくれるシートでいい。テーブルもコーヒーカップや本や照明スタンドを支えてくれる平面があればいい。これも空飛ぶカーペットのようにシートでいいのだ。
  • 2007/04/20
    フランスの美意識を一人代表しているかのようである。
    穏やかにたおやかで以前のスタルクより僕は好きだ。それも一寸様子がおかしい。すべて誰かとの共同作業のような表現がされている。詳細を問い合わせた訳でないが,例えばこの写真の一つにある椅子はphilippe starck by DOLCE & GABBANAとあってスタルクはデザイナーの名前というよりブランド名としてフィリップ・スタルクが使われている風である。もはやデザイナーであるよりブランド名なのだ。
    それにしてもフランス文化の正当な継承者の風格さえでて来たから面白い。
  • 2007/04/20
    ネクストマルニの二つのラウンジチェア。一つはアルベルト・メダの作品とコンペのグランプリ勝者、すみいてつの作品である。
  • 2007/04/18
    いよいよ、今年もミラノサローネが始まる。特別な緊張感がホテルや街に漂っている。
    世界から人々が続々と集まり、色々な噂や意見がこの地に働く人々の口から僕の耳に漏れてくる。ロンドンの大学から学生がこぞってサテリテに展示しするらしい、とか「サローネはイタリアと日本のためにあるみたいだね」という人もいる。それほど日本のサローネ熱はピークに達しているらしい。スタジオを訪問したあるイタリアのデザイナーは案内状の山を指して,これはもうゴミだよと言って退けた。「その中に僕のもあるよ」というと「あ、僕のも入っている!」とまるで笑い話である。